確か2013年秋の徳島大学での物理学会で磯部さんが2次元剛体球の2段階融解転移の話をしているのを聞いて、そこで
event-chain Monte Carlo (ECMC)法というアルゴリズムを知った。この論文の話だったと思う。
詳細つりあい条件を破って加速する、しかもNewtonianではないダイナミクスで粒子を動かすというアイディアが面白かったが、
その時はECMCよりもGPU上で並列化したただのメトロポリスの方が実時間的には速く相関が切れているのが見えて、
結局頭を使わずに(もちろんGPU上の並列計算のコードを書くのは難しいし頭を使うが)
並列化する方が速いのかとがっかりした記憶がある。
それから一年後くらいにHeisenberg spin glassとか、その後研究することになる連続スピン系に興味を持った時に、
ふとECMCは連続自由度なら粒子系じゃなくても使えるんじゃないかと思い立ち、
博士に入ってすぐにECMCを連続スピン系に拡張しようと試し始めた。
割とすぐにできることが分かり、とりあえず
強磁性Heisenbergスピン模型で磁化の動的臨界指数を計算してみたところ、zがほぼ0に見えて、
その内容でとりあえず論文を書いてarXivにあげたが、そのあと色々と不安になって磁化の二乗の動的臨界指数を計算したところ、
実はz ≃ 1であることが分かり、論文を修正しようとしていたところに、
ECMCの考案者であるWerner Krauthさんと彼の学生だったManon Michelさんから間違いを指摘するメールが届き、
それなら共著にしようということで書いたのがこの論文。
強磁性模型でz ≃ 1というのがどれだけ価値があるのかというと、既にクラスターアルゴリズムがある以上、
実用的にはほとんど意味がないと思うが、2010年くらいから集中的に研究されている詳細つりあいを破るアルゴリズムの中で、
初めて動的臨界指数を変えることがわかったという点で価値がある論文だと思う。その後自分でもこれを使って一本論文を書いた他に、
フラストレート系の計算をしている論文が何本かあったと思う。
この論文で彼らと一緒に論文を書いたことがきっかけで、そのあともKrauthさんと共同研究をしている。
修士に入ってすぐからガラスの問題に興味があって、それまでもスピングラスの勉強とかモンテカルロで簡単なスピン系で遊んでいたりしたので、
粒子系ではなくて格子系でガラス転移を調べられないかと思っていた。その時に福島さんがBiroli-Mezard模型という格子模型の計算を以前やっていたことを知り、
面白そうなので有限エネルギーに拡張した模型のモンテカルロ計算を始めた。
とにかく研究室の計算機にパラメータを変えて大量にジョブを投入してガラスっぽいところを手作業で探し、結晶化せずかつ二段階緩和や動的不均一性が見える粒子の混ぜ方を見つけた。
その時はその模型を使って、レプリカ間にカップリングを入れた系を2次元Wang-Landau法を使って相図を調べて、
どうも絶対零度まで理想ガラス転移がなさそうであることを見たりしていた(この話は結局論文にしなかった)。
2014年の夏にコルシカ島のCargeseというところで2週間くらいのスピングラスのワークショップがあり、論文でよく名前を見る有名人がいっぱいいる中でポスター発表をしてMezardさんに聞いてもらったりと、
修士2年生には色々と刺激的なワークショップだったが、
その最中に低エネルギー状態のエントロピーが小さくなるようなBM模型の変形を思いつき、とりあえず小さな系のシミュレーションでかなり期待通りにガラスっぽい模型であることを見ていた。
ダイナミクスと熱力学量を一通り調べて修士論文には書いたが、どうまとめたら良いかわからず5年くらい経ってしまった。ガラスは難しすぎたので博士でガラスの研究から一旦離れたが、
ポスドクとしてMontpellierのLudovic Berthierさんに雇ってもらうことになり、事前に議論した際にこの模型の話をしたところ随分面白がってもらい、
それなら頑張って論文にするかと5年越しになんとかまとめた。追加の計算としてquench版のFranz-Parisiポテンシャルを載せたが、
温度を固定した上でoverlap方向にWang-Landau法が使える(つまりmulti-overlapアンサンブル)ということに気付いて、かなり速い計算ができた(今となっては当たり前だが)。
折角Montpellierにいて議論の約束までしたのにタイミングが合わずWalter Kobさんと結局この模型について議論できなかったことだけが残念。
Montpellierでのポスドクとして始めた一つ目のプロジェクトで、東大の池田さんとBerthier氏との共同研究として始めた。この研究を始めた時にはジャミング転移の静的な臨界指数についてはかなり平均場理論も数値計算も行われていて、どうも2次元系も平均場理論とほぼ同じ値である、 ということで決着がついているようだった。一方でジャミング転移密度に低密度側から近づいたときのダイナミクスは、理論も数値計算も色々あったが どうもそれぞれ違う値を主張しているようで、ちょうど2次元系と3次元系では違う値になるというPRLの論文が出ていたり平均場模型では 2次元系と近い値になるという論文が出ていたりと、混沌としているようだった。元々のモチベーションは、2次元から8次元くらいまでの系でこの指数を系統的に 調べて、この話に決着を付けようということだった。ジャミング転移は確かに臨界現象だが今まで計算した経験のある普通の平衡相転移とは色々と様子が違い、 まずそれを自分で納得するまでに時間がかかってしまい、計算を始めて2ヶ月後にはおおよその臨界指数の値は4次元まで得ていたが、誰もがやる適当なフィッティングではない、 良い推定方法がないかと夏の間試行錯誤していた。とにかく大きい系をやるのが良いだろうということでCUDAでコードを書いてGPUを使って100万粒子くらいの系を計算していたが、 どうも低密度側の緩和時間に見慣れないサイズ依存性がありそう、ということを見つけたのが8月の終わりくらいだったと思う。Berthier氏と散々議論したが、 そもそも結果を信じていないようで、自分でも信じていなかった。その後池田さんにも独立に計算してもらい同じ結果が出たので、今度はその理由を理解するのに数ヶ月、 さらに定常剪断流をかけてその定常状態からの緩和で同じことが起きていることを確認するのに数ヶ月、粘性はそうなっていないことを確認するのに数ヶ月と、 気づくと1年単位のプロジェクトになってしまった。慣れないジャミング転移のプロジェクトということもあって、かなり辛かった記憶があるが、 結果的にはそれなりに面白い論文になったような気がする。誰も気にしてない、興味を持っていないところの細かい確認をした甲斐があったという感じの論文。